第九夜「怒りをコントロールする方法」旦那が家を出ていった 30代主婦・みちる

「ふ〜ん、いびきが原因で離婚? そういうこともあるわよねぇ」

木曜の深夜1時。客も引けたしそろそろ店じまいにしようか、と浅漬けに使った白菜を新聞紙に包んでいたママは、たまたま目に留まった記事を見て思わずつぶやいた。

包み終えた白菜を片付けようと抱えたとき、勢いよく店のドアの開く音がして、女性の叫ぶような声が店内に響いた。

「ママ、どうしよう!」

声の主は、スナックいびきのある町内に住むみちるだった。町内会の会合の2次会でスナックいびきに訪れたのをきっかけに、ときどき一人でもやって来るようになった。

「みちるちゃん! いったいどうしたのよ」
「あのね、旦那が家を出ていっちゃったの!」

突然の展開に戸惑ったが、それ以上に驚いたのは彼女の服装だった。着の身着のままやってきたのか、春物のコートの下は寝間着姿。足元にいたっては、まだ肌寒い時期にもかかわらず、素足にサンダルをひっかけているだけだった。
「まあ、とりあえず座ったら?」
「ありがとうママ。終電は終わっちゃったし、こんな時間に頼れるのママしかいなくて……」

すすめられるままカウンター席にみちるは腰をかけた。そんなみちるを励ますように笑いかけると、ママはカウンターを出て隣に浅く腰掛ける。

いびきを止める方法いびきを止める方法

「もしかしてもう閉店の準備してた? 迷惑かけてごめんなさい」
「なーに寝言みたいなこといってんのよ。頼ってくれて嬉しいわ」
「本当にごめんなさい。でも、一人で家にいたくなくて、とにかく誰かに相談したくて」
「だから、謝らなくったっていいわよ。それで、なにがあったの?」

ママは温かいお茶を入れるためにカウンターに戻りながら尋ねた。

「恥ずかしい話なんだけどね、旦那といびきのことで言い争いになったの」
「いびき?」
「そう。うちの旦那って、いびきがとにかくひどいの。今日は歓迎会で飲んできたからなのか、いつも以上にひどくて。それで起こしたら、最初は『ごめん』って謝ってくれたんだけど、それから5分もしないうちにまたいびきをかき出して。私もこのところ仕事が忙しくて疲れてたからついイライラしちゃって、今度は叩き起こしたのね。そうしたら『じゃあいいよ、俺どっかよそで寝てくるから』って」
「それで、そのまま旦那さんが出ていっちゃった、ってわけね」
「そうなの……」
淹れたてのほうじ茶をみちるの前に置いたママは、ちらっと見た彼女の表情にピンと来るものがあった。

「みちるちゃん、本当はちょっと後悔してるんじゃない?」

図星を指されたのか、みちるは、ほうじ茶の入った湯のみで両手を温めるようにしながらうつむいた。

「ママはなんでもお見通しかぁ。実はそうなの。疲れてイライラしていたとはいえ、カチンときてそのまま怒りをぶつけちゃったのは大人げなかったって、ちょっと自己嫌悪」
「そんなに肩を落とさないで。そうねえ、じゃあそんなみちるちゃんに、すぐにできる良い方法を教えてあげる」
「え、なになに?」
「もし次に旦那さんがいびきをかきだしたら、横向きで寝させてあげて。気道が少し確保されるから一時的にいびきは減るの」
「そうなんだ、知らなかった!」
「次はみちるちゃんの番ね。怒りの気持ちをコントロールする方法、教えてあげる。ここからは居眠り禁止よ!」

怒りの感情と上手につきあう方法

怒りの感情と上手に
つきあう方法

疲れているのにベッドパートナーのいびきで目が覚めてしまった。それなのに自分だけ気持ちよさそうに寝ているベッドパートナー。そんなベッドパートナーに対してムカムカと怒りの感情がこみ上げてきて、不適切な言動をしてしまい自己嫌悪に……。そんな経験をし、悩んでいるようだったら、怒りの感情をコントロールする方法を知っておくと良いかもしれません。

  • カチンとしたら6秒待つ
  • カチンとして反射的に怒ってしまう人は、怒りのピークをやり過ごす方法を試してみることが勧められます。怒りのピークはほんの短い時間と言われています。その時間についてはさまざまな見解があるようですが、日本アンガーマネジメント協会では6秒間を目安としています。カチンときて何か言いたくなったときにはそれをぐっと我慢して6秒間待ってみましょう。
  • その怒りが何点か点数化してみる
  • いびきをかいて寝ているベッドパートナーに対して、つい怒りをぶつけてしまうとき「許せる」「許せない」の2択で判断していませんか。そんな場合には、「許せる」状態を0点、「許せない」という最も強い怒りを抱いている状態を10点として、そのときの怒りの強さがどのくらいか点数化してみましょう。これを習慣にすると、前のいびきと今の怒りを比較して判断するようになります。すると、「まあ、前よりましか」と、徐々に怒りの強弱が分かるようになって、衝動的に強い怒りをぶつけることが減ってくるはずです。
  • 怒りを抑えてくれる「なにか」を持つ
  • 仕事やプライベートが忙しいなどの理由で心の余裕がなくなってくると、普段は気にならないいびきにもイライラが募って、怒りの感情が沸き上がってくることがあるかもしれません。そんなときにはベッドパートナーに怒りをぶつける前に、楽しいことや心地良いことを思い浮かべてみませんか。たとえば、ベッドのそばに大切な家族の写真を置いて眺めてみたり、前向きな気持ちになれる本の一節や歌のフレーズを思い浮かべてみるのも良いかもしれません。
    怒りの気持ちをリフレッシュさせる「なにか」は人によってそれぞれ異なりますが、自分に合った心地良いイメージ、言葉、香り、行動などを見つけておくことは怒りをコントロールするのに役立つはずです。

「私の場合は旦那のいびきにカチンときて、勢いですぐに怒りをぶつけちゃうタイプだから、まずは数秒待って頭を冷やす方法を試してみよう」
「役に立ちそうでよかったわ。でも、今みちるちゃんに教えた方法は一時的な対処法として活用してね。それから、小言みたいに聞こえたら許してほしいんだけど、いびきをかく人もかきたくてかいているわけじゃないのよ。誰だって本当は静かに眠りたいの。それを分かってあげてね」

ママの言葉に、みちるは小さくうなずいた。

「それに、いびきには何らかの体の不調が隠されている場合があるのよ。いびきで睡眠の質が悪くなると、たとえば、うつにつながる可能性もあるって言われているの」
「え、そうなの!?」

驚くみちるに、ママは深くうなずき、言葉を続けた。

「だから、たかがいびきと思わないで、仲直りも兼ねて週末に二人で病院に行ってみたらどう? 自分一人だと、面倒くさがって、あれこれ理由つけて行かない人が多いみたいだから。みちるちゃんが旦那さんの力になってあげなさい!」
「うん。私、自分のことばっかりで……。どうしよう、急に旦那のことが心配になってきちゃった」
「あら、以心伝心みたいよ」

ママはそう言いながら、みちるがカウンターの上に置いたスマートフォンを指さした。点滅したホーム画面は、夫からの着信を告げている。

「旦那さんもみちるちゃんのことが心配みたいね。ほら、早く電話に出てあげなさい」
「うん、ありがとうママ!」
そう言うと、みちるはスマートフォンを手に取ってカウンター席を立ち、サンダルをぺたぺた言わせながら駆け足で扉に向かう。
ドアを引いて外に出たみちるの、もしもし、という声が聞こえたところで、スナックいびきの扉は閉まった。

こうして今日もまた一人、いびきに悩む子羊が「スナックいびき」の名物ママによって救われたのだった。

それではみなさま、どうぞ良い夢を……。

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