金曜日の夜。
3人組のサラリーマンが扉を閉めて出て行ったのを見届けてから、「スナックいびき」のママはその視線を店内に戻した。L字のカウンターの端に目をやると、つい先ほどまで大人しくハイボールを飲んでいたルリ子がカウンターに突っ伏していた。

「ルリ子ちゃん、あなた大丈夫?」
「(むにゃむにゃ)あ、ごめんママ。わたし寝てた?最近まともに眠れてなくて……」

ルリ子がはじめて「スナックいびき」を訪れたのは7年ほど前、会社の上司に連れられてのことだった。それ以来、何を気に入ってくれたのか、ときどきこうして一人で来てくれるようになった。はじめて来たころはまだ独身で、交際中の2歳年上の彼との恋愛相談によく乗ったものだ。
ルリ子が29歳のときに晴れてゴールインしてから3年、まだまだ新婚気分で浮かれていても良い時期のはずだが、ドアを開けて店に入ってきたときのルリ子の表情は暗く沈んでいた。
「うたたねするなんて珍しいわね。なんか悩みごと?」
「……」

「悩みごと」という言葉にルリ子の肩が小さく揺れる。目ざとくそれに気づいたママは、お気に入りの口紅を引いた唇に柔らかい笑みを浮かべた。

「どうしたのよ。ほら、話してごらんなさい」
「実は旦那のいびきがひどくて。ただでさえすごいいびきなんだけど、いちばん最悪なのは飲み会から帰ったとき。もうケモノが隣に寝てるのかと思うくらいうるさいの! しかも“しあわせ太り”なんてまわりはいうけど、結婚したころよりあの人10キロ以上も太っちゃったし……」
「オトコなんてみんなケモノみたいなものじゃない」
「昔はあんなふうにいびきをかく人じゃなかったのに!」

声を荒げて不満を爆発させるルリ子を見たママは、静かに立ち上がり店の外まで行くと、扉に「本日終了」の札をかけた。

「悩みの種は旦那のいびきってわけね」

カウンターの中に戻ってきたママの問いかけに、ルリ子は無言でうなずいた。

「なーに寝言みたいなこといってんのよ。うじうじ悩んでたってなにも始まらないでしょ。まずは、いびきをかくようになった原因をちゃんと知らないと。それが分かれば少しは気持ちが楽になるわ。さあ、ワタシが教えてあげるからちゃんと聞いてなさい。居眠り禁止よ」

そういうと、ママはいびきの仕組みについて語り出した。

「説教くさいなんて言わせないわよ。いびきに悩んでいるなら、その仕組みを知ることってとても大事。だって、仕組みが分かれば対策もとりやすいでしょ」

いびきの正体は上気道がせまくなって、そこを空気が通るときに「軟口蓋、口蓋垂、咽頭を振動させて出す音」だっていうのは分かったわね。じゃあ、いびきをかく原因ってなんだか知ってる?実はいろいろ理由があるのよ。

ほかにも、ストレスや疲れを感じてるときや、顎が小さい人など、自分では対処が難しいことが原因でいびきをかきやすくなることもあるわ。
それじゃ、いびきをかく仕組みや原因が分かったら、今度はそれを防ぐための具体的な対処法ね。まず誰でもすぐに実践できるのが生活習慣の見直しよ。

あと、寝るときにも対策できるポイントがあるわ。
たとえば、いびきをかいている人を横向きにさせると気道が確保されて空気が通りやすくなるの。だから一時的にいびきをかきづらくなるのよ。さらに体を右向きにすると、食べたものが腸へと流れやすくなると言われているから消化を助ける効果もあるわ。これだったら、旦那も今晩からすぐにできるわね。
ただし! これはあくまでも一時的な手段だと覚えておいて。もしこういった対処をしてもいびきが良くならない場合は、病院なんて大げさと思うかもしれないけれど、早めに耳鼻科や睡眠外来がある医療機関を受診することをおすすめするわ。お医者さんがあなたのいびきにあった治療法を提案してくれるはずよ。

「そういえばあの人、昇進してからずいぶん疲れているみたいだった。ストレスも感じてるみたいだったし、もしかしたら同僚とお酒を飲みに行く機会が増えたのもそのせいだったのかな。ケモノみたいだなんていびきを責める前に、普段から話を聞いてあげればよかったんだ」
「どうしていびきをかくのか、どう対処したらいいか分かれば、もう怖いものなんてないでしょ? そうと分かったらとっとと帰って、仕事のことやいびきのこと、旦那としっかり話し合って来なさい」
「そうする! ありがとう、ママ!」

こうして今日もまた一人、いびきに悩む子羊が「スナックいびき」の名物ママによって救われたのだった。

それではみなさま、どうぞ良い夢を……。