第四夜「パパ、息してないと思った」と息子に泣かれて 2児の父・俊明第四夜「パパ、息してないと思った」と息子に泣かれて 2児の父・俊明

1月の底冷えする夜、時計の針が午後十時を指したころ、スナックいびきの扉が開く音が響き、明るい声とともに一人の女性が入ってきた。

「ママ、おひさしぶりー!」
「あら美穂ちゃん、いらっしゃい。ご無沙汰ね」

カウンターの一番端に座った美穂は、新卒で旅行会社に就職して現在3年目だ。昨年上司と一緒にスナックいびきにやってきて、それ以来、添乗業務で回った先のお土産を持って一人で飲みにやって来る。

「はい、これお土産です」
「いつもありがとね。今回はどこに行ってきたの?」
「ハワイです」
「いいわねえ~。仕事とはいえ、寒い日本を飛び出して南国へ行けるなんてうらやましいわ」
「だといいんですけどね」

ママが差し出したおしぼりを受け取りながら、美穂は肩を落とした。

「もしかして、また?」
「そうなんです。また、です」

美穂は移動に使う飛行機や新幹線などの座席に対する運がない。隣の客が熟睡して肩にもたれかかってきたり、座席をはみ出すくらい大きな体の持ち主だったりする。

「それで、今回は?」
「いびきです。しかも、行きも帰りも。うるさくてうるさくて、フライト中は全然気が休まりませんでした」
「それは災難だったわね」
「そうなんです。それに、そのことに気づいていたお客様から『添乗員さんも、結構いびきかきそうなタイプだな』って言われて。私、正直すごいイラっとしたんですけど、それ以上に気になっちゃって」

そんなことがあったの、悲しげな表情を浮かべて相槌をうったママが言葉をつづける。

「あのね、実はいびきをかきやすい人って特徴があるのよ。美穂ちゃんがそのタイプかどうか、いつもお土産をもらうお礼に教えてあげるわ」
「え、ほんとですか!?」
「こんなつまらない冗談言うわけないじゃないの。ここからは居眠り禁止よ!」

いびきをかきやすい人の見た目はこんなタイプいびきをかきやすい人の見た目はこんなタイプ

「美穂ちゃんは顔が小さいのよね。そのせいであごも小さいから、お客さんに『いびきをかきそう』って思われちゃったのかもね」
「そういうことだったのか」
「実際にいびきをかいているかどうか気になるなら、自分のいびきを録音して聞けるアプリがあるから使ってみるといいわ」
「へえ、そうなんですね。事実を知るのはちょっと怖いけど、気になるから早速試してみます。ありがとうママ!」
「うん、そうしてみて」
「そういえば、もうひとつママに聞いてほしいことがあるんです。今回、現地でのバス移動のときに、いびきが原因でお客様同士のトラブルが起こりそうになっちゃって、ヒヤッとする場面があったんですよ」
「どういうこと?」
「今回の旅程に、フラダンスやポリネシアンダンスのショーを楽しみながらハワイの伝統料理に舌鼓を打っていただく『ルアウ』っていうディナーショーがついていたんですけど、お酒をたくさん召し上がったお客様が帰りのバスで大爆睡……。しかも結構大きないびきをかきだしちゃって」

そのときのことを思い出してしかめっ面を浮かべた美穂につられて、ママも眉をひそめた。

「しかも、その日の日中はダイヤモンドヘッドに登ったり、ショッピングに立ち寄ったりとスケジュールが盛りだくさんだったんです。前日の長距離フライトに加えて、登山やショッピングの疲れがどっと出てしまった方も多くて。なかには、疲れがたまったせいか少しピリピリされているお客様もいらっしゃって……」

ママが「ああ」と納得したようにうなずいた。

「ディナーショーのあとはホテルに帰って寝るだけだとはいえ、移動のバスでもゆっくり休みたいわよね。それなのにいびきがうるさくて休めなくて、堪忍袋の緒が切れかけたってわけね」
「そうなんです。そのときは、幸いいびきをかいていた方の奥様が場の雰囲気を察知してご主人を起こしてくれたおかげで事なきを得たんですけど、ひさしぶりに焦りましたよ」
「なるほどねぇ。添乗員の仕事って、世界中いろんなところに行けるし、華やかで楽しそうに見えるけど、実はいろいろと苦労もあるのね。そんながんばってる美穂ちゃんにもうひとついいことを教えてあげる。ある行動やクセが、いびきをかきやすくなる要因になることがあるから、これも覚えておくと役立つわよ」

「やっぱりお酒っていびきに影響するんですね!」
「ツアーのときって、お客様から事前にご希望をお伺いするんでしょ? もしその中に『静かなお部屋で』ってリクエストするような物音に敏感そうなお客様がいたら、いびきをかきそうなお客様と離れた座席を確保するとか工夫ができるんじゃない? そうすればトラブルを未然に防げるかもしれないわよ」
「たしかに! 体格、お酒、鼻づまり、口呼吸、どれもよく見ていれば分かりますもんね!」
「美穂ちゃんなら、お客様の情報はきちんとインプットしてるし、ツアー中もよく観察してるでしょ」
「はい、もちろんです! それも仕事の一部ですから」

希望に目を輝かせていた美穂だったが、また眉根を寄せて悩み顔になってしまった。

「でもね、ママ。今教えてもらったポイントを踏まえて気を配っても、結局指定席だったらどうしようもないんですよ。最後はガマンしかないのかなぁ……」
「なーに寝言みたいなこといってんのよ。そんなときでもできる対策、なくはないわよ。たとえば、耳栓を用意しておくのはどうかしら。最近は価格も素材もさまざまな耳栓があるんだから。まあ、美穂ちゃんの場合、いつお客様から声をかけられるか分からないから、完全に音を遮断するようなタイプの耳栓をするのは難しいかもしれないけどね」

そうか、その手がありますよね、と言いながら美穂は大きくうなずく。

「色々教えてくれてありがとうございます! 後ろ向きなことばかり考えていないで、自分でできる対策はしないとですね!」

ママの話を聞き終えた美穂の目には、再び輝きが戻っていた。

こうして今日もまた一人、いびきに悩む子羊が「スナックいびき」の名物ママによって救われたのだった。

それではみなさま、どうぞ良い夢を……。