今年も残り1か月を切り、スナックいびきは忘年会の二次会客でにぎわっていた。
23時を過ぎたころ、一人の客を見送りに外まで出ていたママが店内に戻ってきたところで、サラリーマン客2人組のどちらかが発した「泣かせちゃったのかよ」という言葉が耳に入ってきた。
「どうしたの? 誰を泣かせたって?」
カウンターに戻ったママが、さりげなく二人の会話に加わる。
「いや、違うんだよママ。下の坊主の話」
言い訳をするように答えた俊明は、忘年会や歓送迎会などの会社の行事帰りに、今日も一緒にやってきた同期と店を訪れてくれる。ほかの同期はすでに転勤するか、あるいは退職してしまって、50代になった今、本社に残っているのはこの二人きりらしい。
「この前の日曜日、洋(よう)を泣かせちゃって」
洋は俊明の次男で、たしか今年小学2年生になったはずだ。
「あら、ひどく叱ったりでもしたの?」
「うーん、そうじゃなくて」
「どうしたの? なんか深刻そうだけど」
深刻ってこともないんだけど、と口ごもってなかなか話し出さない俊明を見かねた同期の光男が「いいからママに話してみろよ」と促した。
俊明は、せっかくの楽しいときを自分の悩み相談の時間にしてしまうことを申し訳なさそうに、そして、光男の変わらないやさしい心遣いに感謝しながら語り出した。
「あのさ、ママ。寝てるときに息が止まるなんてことあると思う?」
「どういうこと? ちょっと詳しく話してみて」
先週の日曜日、二人で留守番をしていた最中にうっかり昼寝をしてしまった俊明は、泣きじゃくる洋に揺り起こされたという。
「そのとき洋が『ガーガーいびきかいて寝てると思ったら急にぴたっと止まって、息をしてないみたいに見えたから、パパが死んじゃったんだと思って怖かった』って……」
それを聞くなりママは、何かを理解したように小さくうなずき、表情を引き締めて話し出した。
「なるほどね。もしかしたら、そのいびきには病気が隠れているかもしれないわよ」
「ママ~、怖いこと言わないでよ。もうすぐ新しい年を迎えようってときに」
「なーに寝言みたいなこといってんのよ! だからじゃない。もし病気の可能性があるって分かったら、医療機関が休みに入る前に受診できるでしょ」
俊明が不安そうな表情を浮かべる一方で、「たしかに」と光男が隣で首肯している。それを見て、俊明も観念したようにうなずいた。
「ママ、もう少し詳しく教えてもらってもいいかな」
「もちろん。ただし、ここからは居眠り禁止よ!」
そのいびき、「睡眠時無呼吸症候群」のサインかも?
そのいびき、「睡眠時無呼吸症候群」のサインかも?
「いびきをかいている」「いびきをかきながら寝ていたと思ったら急に止まって、再び大きな呼吸とともにいびきをかきはじめる」といったことを人から指摘された経験がある方は、睡眠時無呼吸症候群【Sleep Apnea Syndrome:SAS(サス)】の可能性があります。
SASは空気の通り道である上気道が狭くなることによって、寝ている間に呼吸が何度も止まる病気です。
医学的には「無呼吸」といって10秒以上呼吸が停止している状態や、「低呼吸」という息を吸う深さが浅くなる呼吸が10秒以上続く状態が1時間あたり5回以上あって、日中の眠気などの自覚症状や倦怠感がある場合をSASと言います。
いびきは無呼吸の前兆で、SASの患者さんの多くにいびきがみられます。
「でもさ、ママ。寝てる間のことなんて分からないよ。洋に言われて初めて気づいたくらいだし」
「そんなときはセルフチェックをしてみて。セルフチェックはSASの診断をするものじゃないけど、そのリスクを知ることができるわ」
いびきセルフチェック
いびきセルフチェック
自分が寝ている間のことは分かりづらいものですが、「いびきセルフチェック」を使えばSASのリスクがあるかどうかを知ることができます。
周囲の人から、いびきをかいていることを指摘されたことがある
夜中に何度も目が覚めトイレに行ってしまう
朝に目が覚めると、喉が渇いている
十分に眠ったはずなのに、朝起きても疲れが取れていない
日中の眠気がひどい
肥満体型で、おなか周り(おへその高さ)が男性で85cm、女性で90cmを超えている
首が太くて姿勢が悪い
下あごが小さくて歯ならびが悪い
アレルギー性鼻炎(鼻づまり)などの鼻の病気や、アデノイド、扁桃肥大など喉の病気がある
4個以上当てはまった方はSASの可能性があります。また、これらのチェックのいずれかにあてはまる人は「いびき」によってぐっすり眠れていない可能性があります。
※塩見利明ほか. 睡眠医療 2017; 11(2); 245-248. より作成
「うわっ! 俺、5個も当てはまってる!」
「だったら早めの受診をおすすめするわ。お医者様にSASかどうかを診断してもらって、いち早く治療を開始することが大切よ」
いびきや睡眠時無呼吸症候群の治療方法
いびきや睡眠時無呼吸症候群の治療方法
医療機関を受診し、SASだと診断された場合の代表的な治療は大きく3つあります。
- 経鼻的持続陽圧呼吸療法(CPAP療法)
- 寝ている間に鼻に装着したマスクから気道へと
機械で空気を送り続けて気道を確保する方法です。 - マウスピース
- 下あごを前方に固定して気道を広く保ちます。
- 外科的手術
- 気道をふさぐ原因となっている軟口蓋の一部などを手術で取り除く方法です。
上記の治療が適用にならなかった場合には、鼻にやわらかいチューブを通して物理的に気道を確保する「鼻チューブ」などの治療法もあります。
「色々な対応策はあるってわけか。そうと分かれば、洋に余計な心配をかけないためにも、早く自分のいびきをなんとかしないと」
前向きな表情に変わった俊明を見て、隣に座る光男にも笑顔が浮かんだ。
「早速この週末に病院に行ってみるよ! ありがとう、ママ!」
こうして今日もまた一人、いびきに悩む子羊が「スナックいびき」の名物ママによって救われたのだった。
それではみなさま、どうぞ良い夢を……。