第七夜「彼女を愛してるんだけど」再婚を検討中・博司 (前編)第七夜「彼女を愛してるんだけど」再婚を検討中・博司 (前編)

もうずいぶんと長いことスナックいびきに通ってくれている常連の博司が、カウンター席でグラスを傾けながら深いため息をついている。

博司は離婚歴があり、二度目の独身生活はたしか10年を超えていたはずだ。そんな博司に転機が訪れたのは昨年の春先のこと、同じバツイチの女性と知り合い、交際を始めたのだ。店に来るたびに彼女との恋愛模様を逐一報告してくれ、先月来たときには、「結婚を視野に入れて同棲をスタートさせたんだ」と、うきうきした様子で話してくれた。

幸せの絶頂とばかりに顔をゆるめのろけていた博司に、一体なにがあったのか。
いつもより飲むペースが速いことを気にしつつ、ママは水の入ったグラスを差し出し、からかうような口調で尋ねた。

「今日はずいぶん疲れた顔をして飲んでいるのね。彼女とケンカでもした?」

冗談半分のママの言葉とは裏腹に、それを聞いた博司は、グラスに視線を落としたまま深いため息をつづけた。

「ケンカか……」

なんとか発した言葉も、すぐに消え入りそうだ。

「彼女に本心をぶつけて、ケンカになるんだったらどんなにいいことか」
「なーに寝言みたいなこといってんのよ、っていいたいところだけど、なんだか深刻そうね」

先月からのテンションの落差に、ママは本気で心配し始めていた。よく見れば、目の下には濃いクマも浮かんでいる。

「もしかして、寝れてないの?」

ママの言葉に、博司は素直に頷いた。

「そうなんだ。このところ全然眠れなくて疲れがたまっちゃってて」

博司はうなだれて頭を抱えると、呻くような低い声でいった。

「同棲を始めて1か月経つんだけど、実はほとんど眠れてなくて。このあいだなんか役員が出席する会議で居眠りしちゃってさ。上司のフォローがあって事なきを得たけど、このままじゃ、また大事な場面で同じ失敗をしそうな気がする。そしたら俺はもうおしまいだよ」

堰を切ったように話し出した姿を見て、ママはカウンターから出て博司の隣のスツールに腰をかけた。

「まあ、ちょっと落ち着こうかしらね。今日はゆっくり話聞くから」

水を注ぎ足したコップをママに差し出された博司は、申し訳なさそうにそれを受け取ると、一口だけ口に含んでから、落ち着いて語り出した。

「同棲している亜由美ちゃん、実はいびきがひどくて…。最初の1週間は、生活環境が変わったわけだし疲れもあるのかなって思って様子を見てたんだ。でも、2週間経っても3週間経っても、結局1ヵ月経っても全然おさまる様子がなくて……」
「なるほどね」
「なんでも言い合える仲だと思ってたんだけど、いびきのこととなるとなかなか言い出せなくてさ、今日こそは言おう、今日こそは言おうと思っているうちに、時間ばっかり過ぎちゃって」
「女性にいびきの指摘をするのってたしかに難しいわよね」
「これで関係性が崩れるとは思わないけど、俺、亜由美ちゃんを傷つけたくないんだ。本当に大事な女性なんだよ」
「亜由美さんが大事な人だからこその悩みってわけね」

ママの言葉に博司は頷き、グラスの水を飲み干した。

「それならまず、亜由美さんにはいびきのことを伝えずに、博司さんができることで対処をしてみたら?」
「え、そんなうまい話があるの!? 頼むよ、ママ。一時しのぎでも構わないから教えてよ!」
そういいながら博司は、使い込んだ手帳をスーツの内ポケットから慌てて取り出した。

「ふふ、メモの準備なんて几帳面な博司さんらしいわね。さあ、ここからは居眠り禁止よ!」

いびきを止める方法いびきを止める方法

「なるほどね。本人に伝える前にできることって意外といろいろあるんだ。さっそく今晩から試してみるよ! まずは、寝室の温度と湿度をチェックしてみようかな」

「そうね。でも、さっき博司さんもいってたけど、これはあくまでも一時しのぎの対策よ。もしいびきが続くようだったら、なにか体にトラブルが起きている可能性があるの」
「え? そうなの!?」
「亜由美さんのことを大事に思うからこそいびきを指摘してあげる、それが本当の優しさだと私は思うわ」
「おっしゃるとおり! ママ、ほんとにありがとね!」

眠気や悩みもどこへやら、博司は晴れ晴れとした表情で手帳をパタンと閉じた。
こうして今日もまた一人、いびきに悩む子羊が「スナックいびき」の名物ママによって救われたのだった。

それではみなさま、どうぞ良い夢を……。

「そういえばオレ、何年か前に健康診断で、血圧が少し高めだっていわれたことがあるんすよ。でも、別にいっかーと思って放ったらかしにしてたんですけど、もしかしたら高血圧の可能性があるかもしれないんすね」
「そうね。でも、かもしれない、ってことに気づけただけでもよかったじゃないの」
「そうっすね! じゃあ、今度の休みにでも病院に行ってみようかな」
大きく首肯する聖也に、ママもうなずき返した。

「ぜひそうしてみて。話ついでに、もうひとつ心配していることを伝えておくわね」
「なんすか? なんか怖いんですけど」
「録音を聞いたら、ときどき静かになるときもある、っていってたわよね。それってつまり、息が止まってるってことなのよ。あなた、たしかバイクの運転するわよね」
「はい、しますけど」
唐突な問いかけにきょとんとする聖也を無視して、ママが話をつづける。

「睡眠中に何度も息が止まるのって、睡眠時無呼吸症候群っていう病気でみられる特徴なんだけど、この病気による交通事故のリスクを知っておいてほしいのよ」
「え!? 交通事故っすか?」

ママの言葉に聖也はごくりとつばを飲み込んだ。

「脅かしすぎちゃったかしら……。ごめんなさいね、おせっかいで怖い話をしちゃって」
「いえ、逆にあざっす! 今の話を聞いて決意が固まりました。次の休み、絶対に病院に行きます!」

その言葉に無言でうなずいたママのとなりで電気ポットのランプが光り、お湯が沸いたことを知らせる。

「じゃ、そろそろお茶にしようかしら」
「はい!」

こうして今日もまた一人、いびきに悩む子羊が「スナックいびき」の名物ママによって救われたのだった。

それではみなさま、どうぞ良い夢を……。

いびきや睡眠時無呼吸症候群について気になる方は、専門の医療機関を受診してください。
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