時計の針は間もなく10時を指そうかという土曜の夜、今しがた店を後にした2人組の馴染み客のグラスを片づけ、カウンターを拭いているところに新たな客が訪れた。
「ママ、お久しぶりでーす」
「あら静香ちゃん! いらっしゃい」
静香は、スナックいびきの常連客、剛史の愛娘だ。今から10年ほど前、いびきに悩む愛娘・静香の修学旅行対策の相談を受けたのをきっかけに、剛史の会話にはたびたび静香が登場するようになった。
静香とママが対面を果たしたのは8年前のこと。静香が20歳の誕生日を迎えた翌日だった。修学旅行のときのお礼をずっと言いたかった、と律義に菓子折り持参でやってきたのだ。以来、折を見ては店にやって来て、女二人で他愛のない話に花を咲かせるようになった。
礼儀正しくて明るい、ママの静香評はそんなところだった。
「ママ、あのね」
そのあとの言葉をなかなか継がない静香を見て、ママはピンときた。
「もしかして」
「そう、わたし婚約したんです」
静香はそう言うと、指輪がきらめく左手をママに向かってかざして見せた。
「おめでとう。よかったじゃない! 例の彼と?」
「はい。前にここ来たときに話した会社の先輩です」
頬を赤らめてうつむき加減に頷く静香の様子に、ママも自然と表情が緩む。
「それなら今日はお祝いね!」
「ありがとう、ママ」
とっておきのシャンパンで乾杯をしたところで、グラスを持った静香の表情にいつもの明るさはなく、どこか陰りがあることに気づいたママは、直球で、でも少し冗談っぽく聞こえるように質問をぶつける
「静香ちゃん、もしかして何かあった? お祝いの主役のわりには、なんだかテンションが低いじゃない」
「やっぱりママの目はごまかせないか。自分では楽しんでるつもりだったんだけどなあ」
驚きの表情を浮かべた静香は、話の発端をくれたママに心の中で感謝して、話を続けた。
「そうなんです。実は、今度初めて彼と泊まりで旅行に行くことになったんですけど、心配なことがあって」
婚約をしたというのに土曜の夜に一人で飲みに来るから、何かおかしいなとは思っていたが、なるほどそういうことね。
ママはすべてを察したが、静香が自分の口から話すのを待つことにした。
「ママはもちろん知ってると思うんですけど、わたしいびきがかなりひどいじゃないですか。それを彼に知られるのが嫌で、お泊りはこれまでずっと避けてたんです。修学旅行のときは、お父さん経由でママに横向きで寝る方法を教えてもらってなんとか乗り越えたんですけど、結婚したら毎日のことだからそうもいかないと思うし。何より、いびきが原因で破談にでもなったらどうしようって」
「なーに寝言みたいなこといってんのよ。そんなことにならないように、私が力になるから安心しなさい。ただし、ここからは居眠り禁止よ!」
「ありがとう、ママ!」
ママの言葉に、静香の表情が少しだけ緩んだ。
「たしか、静香ちゃんは大学受験のときにもいびきに悩んでたわよね」
「はい。そのときもママからアドバイスをもらいましたよね。私、一浪中だったのに、集中力が続かなかったり、ずっと目にくまができていたり、徹夜もしてないのにひどく長く寝たりして、自己嫌悪で落ち込んでいたときでした」
「そのとき、初めて睡眠外来を受診したのよね」
「はい、睡眠外来なんて聞いたこともなかったから、どんな検査をするのか見当もつかなくて、不安でいっぱいだったのを今も覚えてます」
睡眠外来を受診したときの流れ
睡眠外来を受診したときの流れ
いびきは寝ているときに、空気の通り道「上気道」が何らかの原因で狭くなっているために起こります。いびきを改善するためには、早めに医療機関を受診して原因が何かを突き止めることが大切です。 初めて受診する人は、どのような検査するのか、診断がつくまでの流れはどうなっているのかが分からず不安かもしれません。そこで、受診当日の流れを頭の中でイメージできるように流れを確認していきましょう。
いびきの相談から治療法検討までの一例
いびきの相談から治療法検討までの一例
- 1.医療機関を受診する
- 受診すると、まず問診を受けます。問診では、いびきや眠気などの睡眠の状況、高血圧や脂質異常症などほかの病気の治療の有無などについて確認されます。寝ている間のことは自分では分かりづらいので、ベッドパートナーに一緒につきそってもらったり、睡眠の状況を録音できるアプリのデータなどを持参すると良いでしょう。問診の結果、鼻づまりが認められる場合には耳鼻科的な検査と治療が行われます。一方、鼻づまりがなくて、かついびきの原因が飲酒などの生活習慣に起因していることが考えられる場合は生活習慣の改善を行います。もし、それでもいびきが残っていたり、そもそも生活習慣にいびきの原因が見出されない場合には「睡眠時無呼吸症候群」の検査を受けることになります。
- 2.自宅でできる検査を受ける
- 自宅で寝ている間にできる検査を行います。
この検査では、鼻の下や手指などにセンサーをつけていびきや呼吸の状態を調べます。検査の結果から、睡眠時無呼吸症候群の可能性が検討されます。
その結果、さらに詳しい検査が必要だと判断された場合には1泊の入院をして検査を行います。 - 3.入院検査
- 睡眠と呼吸の質を調べる「終夜睡眠ポリグラフ検査」を行います。
入院となると仕事や学校のことが心配ですが、医療機関によっては仕事や学校が終わってから入院し、翌日の出社や登校前に退院できるように検査が組まれているところもあります。あらかじめ医療機関に問合せて確認しておくことが勧められます。
「大学受験のときは自宅で検査をした結果、鼻チューブを処方してもらったんです。初めて鼻チューブを見たときにはさすがにギョッとしましたけど、意外と痛くなかったし、使い出してからは翌日の眠気がなくなって、勉強に集中できたのを覚えてます」
ママは静香の言葉にうなずいてみせた。
「あのときは色々試しても全然改善しなかったのに。やっぱりお医者さんに相談するって大事ですよね」
「そうね。その人の状況に合わせて、鼻チューブのほかにも提案してくれるからね。当たり前だけど、そんなこと独学じゃ絶対できないもの」
医療機関で受けることができる
いびきや睡眠時無呼吸症候群の治療
医療機関で受けることができる
いびきや睡眠時無呼吸症候群の治療
睡眠時無呼吸症候群だと診断された場合の代表的な治療方法は3つあります。
- 経鼻的持続陽圧呼吸療法(CPAP療法)
- 寝ている間に鼻に装着したマスクから気道へと機械で空気を送り続けて気道を確保する方法です。
- マウスピース
- 下あごを前方に固定して気道を広く保ちます。
- 外科的手術
- 気道をふさぐ原因となっている軟口蓋の一部などを手術で取り除く方法です。
これらの治療が適用にならなかった場合には、鼻にやわらかいチューブを通して物理的に気道を確保する「鼻チューブ」などの治療法もあります。
「あのね、静香ちゃん。医療機関にかかっていびきを治療したあなたなら分かってると思うけど、横向きで寝たり、枕の高さを工夫したりっていうのは一時しのぎなのよ。それに今回は修学旅行みたいに1泊、2泊ごまかせればよいっていうものでもないでしょ。だから、もう一度睡眠外来を受診するのが一番じゃないかしら」
ママの言葉を聞いた静香の目には、いつもの明るさが戻っていた。
「そう言うと思ってました。私も、また受診しないといけないな、って思ってはいたんです。でも、恥ずかしさもあって、なかなか踏み出せなかったらママの後押しが欲しくて……」
「やっぱり、静香ちゃんなら分かってると思ったわ。それじゃあ、初めてのお泊りがうまくいくように、今週のうちに受診してらっしゃい」
「はい!」
表情から陰りがすっかり消えた静香のグラスに、ママは改めてお祝いの気持ちを込めてシャンパンを注いだ。
はじける無数の泡の音が、まるで門出を祝う小さな拍手の連なりのように聞こえた。
こうして今日もまた一人、いびきに悩む子羊が「スナックいびき」の名物ママによって救われたのだった。
それではみなさま、どうぞ良い夢を……。
いびきや睡眠時無呼吸症候群について気になる方は、専門の医療機関を受診してください。
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